多くの場合、「遺言書があれば、相続はその内容どおりに進む」と考えられると思います。
実は、遺言書があっても相続人の一定の権利である「遺留分」は無視できません。
遺言の内容によっては、特定の相続人に不利となり、
「遺留分侵害額請求」をめぐるトラブルに発展することもあります。
この記事では、遺言と遺留分についての基礎知識と、
万が一の場合の「遺留分侵害請求」ついて解説します。
遺言と遺留分の基礎知識
「自分の財産だから自由に決められる」と考えて遺言を書かれる方は少なくありません。
しかし民法には、一定範囲の相続人に最低限の取り分を保障する「遺留分」という制度があります。
この制度があるため、遺言の内容が全て実現できるとは限りません。
遺留分をめぐるトラブルは相続が始まってから表面化することが多いため、
遺言を作成する段階で正しく理解しておくことが大切です。
遺留分とは?仕組みと請求できる相続人の範囲
遺留分(いりゅうぶん)とは、一定の相続人に法律上保障された「最低限の取り分」のことです。
被相続人が生前に財産を自由に処分したり、
遺言で特定の人にすべての財産を与えると決めていた場合でも、
遺留分を持つ相続人は「自分の権利が侵害されている」として、
金銭の支払いを請求することができます。この請求を「遺留分侵害額請求」といいます。
遺留分制度は、被相続人の意思を尊重しつつも、残された家族の生活や期待を守るための制度です。
たとえば「全財産を長男に相続させる」という遺言があったとしても、
配偶者や他の子どもには、遺留分という形で一定の権利が残されます。
相続開始後、定められた期間内であれば、遺留分を侵害された相続人はこの権利を主張できます。
遺留分を請求できる相続人
遺留分を持つ相続人は、次の範囲に限定されています。
- 配偶者
常に遺留分を持っています。遺言で一切相続しない内容になっていても、
遺留分の請求が可能です。 - 子(直系卑属)
実子・養子を問わず遺留分があります。子が被相続人より先に亡くなっている場合は、
孫が代襲相続人として遺留分を引き継ぎます。 - 直系尊属(親など)
子がいない場合に限り、被相続人の親などに遺留分が認められます。
子がいる場合、直系尊属には遺留分はありません。
一方で、兄弟姉妹には遺留分はありません。
これは重要なポイントで、たとえば「兄弟に全財産を相続させる」という遺言があっても、
配偶者や子は遺留分を請求できますが、兄弟姉妹は法的に請求することができません。
遺留分の割合と計算方法
遺留分は、法定相続分を基準に計算されます。
- 相続人が直系尊属のみの場合
→ 遺産全体の 3分の1 - それ以外の場合(配偶者や子がいる場合)
→ 遺産全体の 2分の1
各相続人の遺留分は、この割合を法定相続分に応じて按分した金額となります。
例:配偶者と子ども2人が相続人の場合
- 法定相続分
- 配偶者:2分の1
- 子ども:各4分の1
- 全体の遺留分:遺産の2分の1
この場合、
- 配偶者の遺留分:2分の1 × 2分の1 = 4分の1
- 子どもそれぞれの遺留分:2分の1 × 4分の1 = 8分の1
遺言を書く際の注意点
遺留分は、被相続人の意思よりも優先される側面を持つ制度です。
そのため、遺言を作成する際には、
- 遺留分を侵害しない内容にする
- 侵害する可能性がある場合は、事前に対策を検討する
といった配慮が重要になります。
遺留分の存在を知らずに遺言を作ってしまうと、相続開始後に遺留分侵害額請求が行われ、
遺族間の深刻なトラブルに発展することも少なくありません。
円満な相続を実現するためにも、遺留分の仕組みを正しく理解したうえで、
遺言の内容を検討することが大切です。
遺言書と遺留分はどちらが優先される?
この問いの答えは、少しだけ整理が必要です。
遺言書は原則として尊重されますが、
遺留分を侵害された相続人が「遺留分侵害額請求」を行使した場合、
その範囲では金銭での調整が入ります。つまり、遺言は有効のまま、
遺留分に相当する金額を支払う義務が生じる、という理解が基本です。
たとえば遺言に「長男に全財産を相続させる」と書かれていたとしても、
その遺言が直ちに無効になるわけではありません。
長男は遺言の内容に従って財産を取得します。
ただし、遺留分を持つ相続人(例:配偶者や子ども)が請求を行った場合、
長男は遺留分侵害額に相当する金銭を支払う必要があります。
現在の制度では、不動産や預貯金などを現物で分け直すのではなく、
原則として金銭で精算する仕組みです。
この点は、
2019年の民法改正で「遺留分減殺請求」から「遺留分侵害額請求」へと整理されたことで、
より明確になりました。以前は、贈与や遺贈の効力が一部減らされて現物が戻る形になり、
相続財産が共有状態になるなど、実務上の負担が大きい場面もありました。
現在は、基本的に金銭で解決する枠組みに統一され、手続きが分かりやすくなっています。
ただし、金銭で支払うといっても、遺産の大半が不動産の場合は注意が必要です。
相続した側が現金を用意できず、不動産の売却や借入を検討せざるを得ないケースもあります。
こうした事態を避けるには、遺言作成の段階で遺留分を見込んだ配分にしたり、
生命保険や現金の確保などの生前対策を講じたりすることが大切です。
また、遺留分はあくまで「権利」なので、侵害された相続人が請求しないという選択をすれば、
調整は起きません。そのため、遺言を書く際には、配分の理由を家族に説明しておくことや、
事前に話し合いを重ねておくことが、争いの予防につながります。
さらに、遺言に「付言事項」として想いや背景を書き添えておくのも有効です。
付言事項に法的拘束力はありませんが、
「なぜこの配分にしたのか」「他の家族への感謝もある」といった説明があるだけで、
感情的な対立が和らぐことがあります。
結局のところ、遺言書と遺留分の関係は、
「遺言は尊重される。ただし、遺留分を侵害された相続人が請求すれば、その分は金銭で調整される」
というのが現実的な結論です。
遺言を作る側としては、遺留分を踏まえたうえで、
請求が出た場合の対応まで見据えて内容を決めることが重要になります。
遺留分侵害額請求の時効と手続きの流れ
遺留分侵害額請求には、明確な期限があります。
この期限を理解していないと、請求する側は権利を失い、
請求される側も「いつまで備えればよいのか分からない」状態が続いてしまいます。
時効の仕組みは、双方にとって重要なポイントです。
遺留分侵害額請求の期限(時効・除斥期間)
遺留分侵害額請求権には、次の2つの期間制限があります。
- 遺留分侵害を知った時から1年
- 相続開始から10年
このうち、
- 1年は「消滅時効」
- 10年は「除斥期間(どんな事情があっても延びない最終期限)」
と整理されます。
「知った時」とは、単に被相続人が亡くなったことを知った時点ではなく、
遺言や贈与の内容を知り、自分の遺留分が侵害されていると具体的に認識した時を指します。
たとえば、相続開始後すぐに遺言書の内容を確認した場合は、
その時点から1年以内に請求しなければなりません。
一方、遺言の存在を知らなかった場合でも、
相続開始から10年が経過すると、請求権は当然に消滅します。
そのため、遺産を多く取得した側としては、
相続開始から最大10年間は請求される可能性があると理解しておく必要があります。
遺留分侵害額請求の一般的な流れ
実際の手続きは、次のように進むのが一般的です。
- 請求の意思表示
遺留分を侵害された相続人が、財産を取得した相続人や受遺者に対し、
内容証明郵便などで遺留分侵害額請求の意思表示を行います。
遺留分侵害額請求は「形成権」であり、意思表示をすれば行使として足ります。
この意思表示により、1年の時効との関係でも権利行使が明確になります。
口頭のみの請求は証拠が残らないため、必ず書面で行うことが重要です。 - 当事者間での協議
請求を受けた側が、金額や支払方法について検討します。
遺留分の計算には、遺産の範囲・評価額・生前贈与の有無などが関係し、複雑になりがちです。
この段階で弁護士などの専門家に相談すると、適正な金額を把握しやすくなります。 - 家庭裁判所での調停(任意)
協議がまとまらない場合、家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停を申し立てることができます。
調停は話し合いによる解決を目指す手続きで、調停委員が間に入ります。
感情的な対立を避けやすい点がメリットです。 - 訴訟(地方裁判所)
調停でも解決しない場合、地方裁判所に訴訟を提起します。
裁判では、裁判所が遺留分侵害額を判断し、支払いを命じる判決が出されます。
時間や費用の負担が大きいため、可能であれば調停までの解決が望ましいでしょう。
請求を受けた側の注意点
遺留分侵害額請求を受けた場合、無視したり感情的に対立したりすると、
問題が長期化しやすくなります。まずは冷静に内容を確認し、
- 遺産の内容と評価額
- 遺留分の計算根拠
- 支払い方法(一括か分割か)
を整理したうえで、専門家に相談しながら対応することが重要です。
分割払いの交渉など、現実的な解決策が取れる場合も少なくありません。
遺言作成時に知っておきたいポイント
遺言を作成する段階で、遺留分侵害額請求の期限や流れを理解しておくことは、
将来の相続トラブルを防ぐ大切な準備です。
遺留分を完全に排除することはできませんが、
- 遺留分を考慮した配分
- 付言事項による説明
- 専門家との事前相談
を行っておくことで、相続人の負担や争いを大きく減らすことができます。
自分の遺言が遺留分を侵害しているか確認する方法
遺言は故人の想いを残す大切な手段です。
しかし、相続人には最低限の相続分として「遺留分」が認められており、
これを無視した内容だと後々トラブルの原因になりかねません。
ここでは、ご自身の遺言が遺留分を侵害していないか確認する具体的な方法を解説します。
遺留分の割合と計算の基本ルール
遺留分が発生するのは、配偶者・子ども・直系尊属(父母や祖父母)に限られます。
兄弟姉妹には遺留分がありません。これは法律で明確に定められていますので、
まずはご自身の相続人構成を確認してください。
遺留分を計算する「基礎財産」の考え方
遺留分を計算する際の基準となるのは「遺留分算定の基礎となる財産」です。
これは単純に死亡時の財産だけでなく、生前贈与や特別受益も含めて計算します。
具体的には、相続開始時の財産に、
相続開始前1年以内の贈与と当事者双方が遺留分を侵害することを知ってした贈与、
さらに相続人への特別受益(生前の住宅購入資金援助、開業資金援助など)を加え、
そこから債務(借金など)を差し引いた額が基礎財産となります。
たとえば、遺産総額が3,000万円あり、生前に長男に500万円の住宅購入資金を贈与していた場合、
基礎財産は3,500万円として計算されます。
配偶者と長男・次男の3人が相続人なら、
遺留分総額は3,500万円の2分の1=1,750万円です。
配偶者が875万円、長男と次男がそれぞれ437.5万円ずつの遺留分を持つことになります。
遺留分侵害額の判定方法
遺留分侵害があるかどうかは、各相続人が実際に受け取る財産が、
その人の遺留分額を下回っているかどうかで判断します。
計算式にすると、以下のようになります。
- 遺留分侵害額 = 遺留分額 −(遺贈や相続で受け取る財産 + 特別受益 − 相続債務の負担分)
この計算の結果がプラスになる相続人がいれば、その人の遺留分が侵害されていることになります。
逆にゼロまたはマイナスなら、その人の遺留分は守られていると判断できます。
たとえば、全財産5,000万円を長男に遺贈する遺言を残し、
配偶者と長男・次男が相続人のケースで考えてみましょう。
配偶者の遺留分は1,250万円、次男の遺留分は625万円です。
しかし遺言では配偶者と次男に何も残さないため、
両者の遺留分は完全に侵害されている状態になります。
このように、遺留分の計算は相続人構成・生前贈与・特別受益の有無によって変動するため、
複雑に感じるかもしれません。
しかし基本ルールを押さえておけば、ご自身の遺言内容が問題ないかある程度判断できます。
判定の方法のまとめとアドバイス
遺留分侵害の有無を自分で確認するには、以下のステップを踏むとスムーズです。
- 相続人を正確に把握する: 戸籍謄本を取り寄せ、法定相続人が誰かを確定します。
- 基礎財産を計算する: 死亡時の財産 + 生前贈与(特に相続人への贈与)− 債務で算出します。
- 遺留分総額と各人の遺留分額を算出する: 相続人構成に応じた割合で計算します。
- 遺言内容と照らし合わせる: 各相続人が実際に受け取る額が遺留分を下回っていないか確認します。
もし遺留分侵害が見つかった場合でも、慌てる必要はありません。
遺言の内容を見直したり、生命保険や代償金の準備で調整したりする方法があります。
また、相続人と事前に話し合いの場を持ち、遺言の趣旨を説明することで、
理解と納得を得られる場合もあります。
ただし、遺留分の計算は相続人の構成や財産内容によって複雑になりがちです。
「自分で計算してみたけれど、本当にこれで合っているのか不安」
「家族関係が複雑で、どう対応すればいいかわからない」という場合は、
弁護士や司法書士といった専門家に相談することをおすすめします。
遺留分請求を受けた場合の対処法
遺言書で財産の分け方を決めたとしても、
法律上、一定の相続人には「遺留分」という最低限の取り分が保障されています。
そのため、遺言内容によっては相続人から遺留分侵害額請求を受けることがあります。
このような請求を受けたとき、どのように対応すればよいのか、
慌てず冷静に判断するための手順と考え方を見ていきましょう。
請求内容が妥当かどうかを見極め、場合によっては専門家の力を借りながら、
落ち着いて対処していくことが大切です。
請求通知への初期対応と確認事項
遺留分侵害額請求は、多くの場合、内容証明郵便で届きます。
通知を受け取ったら、まず落ち着いて内容を確認することが大切です。
最初に把握すべきなのは、誰から、何を、どのような根拠で請求されているのかという点です。
請求書には通常、
- 請求者の氏名
- 請求金額
- 遺留分の計算根拠(相続財産の評価や割合)
などが記載されています。ただし、請求された金額が必ず正しいとは限りません。
遺留分の計算には、相続財産の評価額、生前贈与の有無、特別受益の扱いなど、
専門的な判断が必要な要素が多く含まれます。
そのため、請求者側の計算に誤りがあるケースも珍しくありません。
次に必ず確認したいのが、請求期限(時効・除斥期間)です。
遺留分侵害額請求には、次の2つの期間制限があります。
- 遺留分侵害を知った時から1年
- 相続開始から10年
請求書の日付や内容を確認し、すでにこれらの期間を経過していないかをチェックしましょう。
特に、相続開始から10年が経過している場合は、原則として請求自体が認められません。
さらに重要なのが、遺言書の内容と実際の相続財産を照らし合わせる作業です。
具体的には、
- 遺言で指定された財産は何か
- 実際の相続財産の総額はいくらか
- 不動産の評価額は適切か
- 生前贈与や見落とされている財産がないか
といった点を確認します。不動産評価が請求者の想定と大きく異なっていたり、
生前贈与が計算に含まれていなかったりすることもあり、
これらは請求額の妥当性に大きく影響します。
こうした確認を一人で行うのは難しい場合が多いため、
できるだけ早い段階で弁護士などの専門家に相談することが重要です。
初期対応の段階で適切な助言を得ておけば、
- 請求内容の法的な妥当性を判断できる
- 不要な支払いを防げる
- その後の交渉を有利に進めやすくなる
といったメリットがあります。
請求通知を受け取ったからといって、すぐに全額を支払う必要はありません。
内容を丁寧に確認し、冷静に対応することが重要です。
話し合いによる解決方法
遺留分侵害額請求を受けた場合でも、必ず裁判に進まなければならないわけではありません。
実務では、当事者同士の話し合いによって解決するケースも多く見られます。
話し合いによる解決には、次のようなメリットがあります。
- 裁判に比べて時間と費用を抑えられる
- 親族間の関係悪化を最小限に抑えやすい
- 柔軟な条件で合意できる可能性がある
相続は一度きりの出来事ではなく、その後の親族関係にも影響します。
できるだけ穏便に解決したいと考えるのは、ごく自然なことです。
話し合いを始める前に意識したい姿勢
話し合いの前提として大切なのは、相手の感情や立場を理解しようとする姿勢です。
遺留分を請求する側には、
- 介護や家族の負担を一手に引き受けてきた
- 他の相続人だけが生前贈与を受けていた
- 不公平に扱われたと感じている
といった背景があることも少なくありません。法律論だけで押し切ろうとすると、
かえって対立が深まります。まずは相手の話を丁寧に聞き、
そのうえで自分の事情を説明することが、建設的な対話の第一歩となります。
話し合いで検討できる主なポイント
実際の協議では、金額や支払い方法を柔軟に調整することが重要です。
- 一括払いが難しい場合は、分割払いを提案する
- 請求額について、再計算した根拠を示して金額調整を行う
- 遺産の大半が不動産で現金が不足している場合、
不動産の持分譲渡や代物弁済を合意で行うことも可能
※注意点として、遺留分侵害額請求は法律上「金銭請求」に限定されています。
不動産の一部を渡すことは、あくまで当事者間の合意による解決方法であり、
法定の効果ではありません。
合意内容は必ず書面に残す
話し合いがまとまった場合でも、口約束で終わらせるのは危険です。
必ず書面を作成し、次の点を明記しましょう。
- 支払う金額
- 支払い方法(分割の有無・回数)
- 支払い期限
- 清算後は追加請求をしない旨
「遺留分侵害額請求に関する合意書」として、双方が署名・押印します。
さらに、強制執行力を持たせたい場合は、公正証書にすることも有効です(執行認諾文言が必要)。
話し合いが難しい場合の対応
当事者同士での協議が難しい場合は、第三者を介入させることも現実的な選択肢となります。
- 弁護士に依頼し、代理人として交渉してもらう
- 感情的な対立を避け、法的に妥当な落としどころを探る
専門家が入ることで、冷静な話し合いが進みやすくなり、
結果的に早期解決につながることも多くあります。
調停・訴訟時の対応と弁護士費用
当事者同士の話し合いで解決できない場合、次の選択肢となるのが裁判所を利用した手続きです。
遺留分侵害額請求では、一般的に次の流れで進みます。
- まず 家庭裁判所での調停 を試みる
- 調停が不成立の場合、地方裁判所で訴訟 に移行する
家庭裁判所での調停とは
調停は、裁判官と調停委員が間に入り、双方の言い分を聞きながら合意を目指す手続きです。
あくまで話し合いを重視する制度のため、訴訟に比べて柔軟な解決が期待できます。
調停では、指定された期日に当事者が出席し、次のような点を話し合います。
- 遺留分侵害額の算定が妥当か
- 支払金額や支払方法(分割払いなど)
- 支払期限や条件
調停のメリットは、
- 訴訟より時間と費用を抑えやすい
- 分割払いなど、柔軟な合意が成立しやすい
- 親族関係の悪化を比較的抑えられる
といった点にあります。なお、不動産による代物弁済なども、
当事者双方の合意があれば調停で成立することがありますが、
これはあくまで合意による解決であり、裁判所が一方的に命じるものではありません。
調停が不成立の場合は訴訟へ
調停は合意が前提となるため、どちらかが応じなければ不成立となります。
その場合は、地方裁判所での訴訟に進むことになります。
訴訟では、
- 証拠と法律に基づいて裁判所が判断する
- 判決には法的な強制力がある
という特徴があります。一方で、
- 解決までに数か月〜1年以上かかることが多い
- 精神的・時間的な負担が大きい
という点には注意が必要です。
弁護士費用の目安
調停や訴訟では、専門的な主張や書面作成が必要になるため、
弁護士への依頼が事実上不可欠となるケースが多いでしょう。費用の目安は次のとおりです。
- 相談料
初回無料の事務所もありますが、一般的には30分5,000円前後 - 着手金
調停・訴訟を依頼する際の初期費用で、20万〜50万円程度 - 報酬金
解決時に支払う成功報酬で、得られた経済的利益の10〜20%程度
たとえば、請求額500万円に対し、300万円で解決した場合、
報酬金は30万〜60万円程度が目安となります。
費用が不安な場合は、
- 初回相談で見積もりを確認する
- 複数の事務所を比較する
ことをおすすめします。
弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼するメリットは、金銭面だけではありません。
- 法的に妥当な主張を整理してもらえる
- 相手方との直接交渉を任せられる
- 裁判所とのやり取りを代行してもらえる
その結果、精神的な負担が大きく軽減されるという利点があります。
感情が絡みやすい相続問題では、第三者である専門家の存在が、
冷静な解決につながることも少なくありません。
遺留分のトラブルを防ぐための対策
遺言書を書くとき、多くの方が「自分の財産を自由に分けたい」と考えます。
しかし、法律には「遺留分」という最低限の相続権が定められており、
これを無視した遺言はトラブルの火種になりかねません。
この遺留分を巡る争いは、相続トラブルの中でも特に感情的になりやすいものです。
けれども、事前に適切な対策を講じておけば、こうしたリスクは大幅に減らせます。
遺言書の内容を工夫したり、生前に家族と話し合いをしたり、
専門家の助言を取り入れたりすることで、あなたの想いを尊重しながらも、
家族全員が納得できる遺産相続につながります。
遺言書作成時の3つの重要ポイント
遺言書を作成する際、遺留分をめぐるトラブルを防ぐために意識したいポイントが3つあります。
いずれも、法的な有効性と家族への配慮の両面から重要な視点です。
1.遺留分を考慮した財産配分を設計する
最も基本となるのが、遺留分を踏まえた財産配分をあらかじめ考えておくことです。
不動産や事業用資産など、分割しにくい財産を特定の相続人に集中させたい場合でも、
他の相続人に対して預貯金や有価証券などで遺留分相当額を確保しておけば、
請求を受けるリスクを抑えやすくなります。
そのためには、
- 相続財産をすべて洗い出す
- 相続人ごとの法定相続分と遺留分の割合を確認する
- 実際の配分が遺留分を下回っていないかをシミュレーションする
といった準備が欠かせません。
なお、遺留分の全体割合は
- 直系尊属のみが相続人の場合:遺産の3分の1
- それ以外(配偶者や子がいる場合):遺産の2分の1
と定められており、各相続人の遺留分は、その割合を法定相続分に応じて按分して算出します。
もし特定の相続人の取得分が遺留分を下回る場合は、
生命保険の活用を検討する方法もあります。
生命保険金は原則として相続財産には含まれず、遺留分算定の基礎に入りにくいとされています。
ただし、保険金額が著しく高額な場合には、例外的に遺留分侵害と判断される可能性もあるため、
専門家と相談しながら設計することが重要です。
2.遺言書に「付言事項」を記載する
二つ目のポイントは、付言事項を活用することです。
付言事項には法的な拘束力はありませんが、遺言者の想いや背景を伝える役割があります。
たとえば、
- なぜ特定の相続人に多く財産を残したのか
- 他の相続人への感謝や配慮の気持ち
- 家族関係を大切にしてほしいという願い
といった内容を、あなた自身の言葉で記しておくことで、
相続人の理解を得やすくなり、遺留分侵害額請求を控える判断につながることもあります。
特に、家業を継ぐ子どもに事業用資産を集中させる場合などは、
その理由を具体的に説明しておくことが有効です。
3.公正証書遺言を選択する
三つ目は、遺言書の形式として公正証書遺言を選ぶことです。
公正証書遺言には、次のような大きなメリットがあります。
- 公証人が関与するため、形式不備による無効リスクが極めて低い
- 原本が公証役場で保管され、紛失・改ざんの心配がない
- 家庭裁判所の検認が不要で、相続開始後すぐに執行できる
遺留分が関係するケースでは、遺言の有効性そのものが争点になると、
紛争が長期化しがちです。その点、公正証書遺言であれば、
「遺言が無効かどうか」という争いを回避しやすくなります。
また、作成過程で公証人から遺留分侵害の可能性について指摘を受けられることもあり、
事前にトラブルの芽を摘むことができることも大きな利点です。
遺言書は「書けば終わり」ではありません。
遺留分を正しく理解し、内容・形式・伝え方まで意識して作成することで、
相続人同士の無用な対立を防ぎ、あなたの意思をより確実に実現することができます。
必要に応じて、弁護士や司法書士などの専門家と相談しながら準備を進めることをおすすめします。
遺留分を減らすための合法的な手段
遺留分の対象となる財産を抑え、相続トラブルのリスクを下げる方法はいくつか存在します。
ここでは代表的な3つの手段を解説します。
1.生前贈与を計画的に活用する
一つ目は、生前に財産を少しずつ贈与していく方法です。
相続時点での財産が減れば、その分、遺留分の金額も小さくなります。
ただし注意点として、相続開始前10年以内に行われた贈与(※2019年改正民法以降)は、
原則として遺留分算定の基礎財産に含まれます。
そのため、直前の駆け込み贈与では効果が限定的です。
一方で、早い段階から計画的に贈与を行っていれば、
10年を超えた部分は算定対象外となります。
たとえば、
- 毎年110万円の贈与税の基礎控除を活用する
- 長期間にわたり分散して贈与する
といった方法であれば、相続税対策と遺留分対策を同時に進めることが可能です。
さらに、教育資金や結婚・子育て資金の一括贈与に関する非課税制度を利用すれば、
一定額まで非課税でまとまった贈与も行えます。
これらを上手に活用すれば、生前から家族を支援しつつ、
遺留分のトラブルを抑えることができます。
2.生命保険を利用する
二つ目は、生命保険を活用する方法です。
死亡保険金は、民法上の「相続財産」ではなく、受取人固有の財産と扱われます。
そのため、原則として遺留分の計算対象には含まれません。
たとえば、特定の子どもに多くの財産を残したい場合、
その子を受取人とする生命保険に加入しておけば、遺言による相続とは別枠で財産を移転できます。
また、生命保険金には
「500万円 × 法定相続人の数」
という相続税の非課税枠があるため、税務上も有利になるケースがあります。
ただし注意点もあります。
保険金額が極端に高額で、特定の相続人にのみ集中している場合には、
実質的に遺留分を侵害しているとして、
特別受益に準じて扱われる可能性が指摘されることもあります。
生命保険は有効な手段ですが、金額や配分のバランスには配慮が必要です。
3.家族信託や遺留分の事前放棄を検討する
三つ目は、やや専門的な方法ですが「家族信託」や「遺留分の事前放棄」の活用です。
家族信託
家族信託とは、財産の管理・運用・承継を信頼できる家族に託す制度です。
たとえば、不動産を信託財産として子どもに管理を任せ、
生前は自分が受益者として利益を受け取り続ける、といった設計が可能です。
信託財産は相続財産とは異なる枠組みで扱われるため、
設計次第では遺留分の対象外となるケースもあります。
しかし、信託の内容や目的によっては「遺留分対策として不当」と判断され、
算定対象に含まれる可能性もあるため、専門家の関与は不可欠です。
遺留分の事前放棄
遺留分の事前放棄とは、相続開始前に、相続人が家庭裁判所の許可を得て、
自らの遺留分を放棄する手続きです。
許可が下りれば、その相続人からの遺留分侵害額請求を防ぐことができます。
ただし、家庭裁判所は以下の点を厳しく審査します。
- 放棄が本人の自由意思によるものか
- 強要や不当な圧力がないか
- 放棄に見合う合理的な理由や代償があるか
たとえば、
「家業を継ぐ長男に事業用資産を集中させる代わりに、
次男には生前に住宅資金を十分に贈与している」
といった事情があれば、放棄が認められやすくなります。
遺留分対策は、
- 生前贈与
- 生命保険
- 家族信託や事前放棄
といった方法を単独ではなく、組み合わせて使うことで効果が高くなります。
一方で、判断を誤ると「遺留分対策のつもりが、かえって争いを招く」こともあります。
そのため、実行に移す前に、必ず弁護士や司法書士、税理士などの専門家に相談し、
自分の状況に合った方法を慎重に検討することが重要です。
まとめ
遺言書は、亡くなった人(被相続人)の意思を反映して財産の分け方を決める大切なものです。
しかし、遺言があればすべて自由に決められるわけではありません。
相続には「遺留分(いりゅうぶん)」という、一定の相続人に法律で保障された最低限の取り分があり、
これを無視するとトラブルにつながる可能性があります。
遺留分とは、配偶者や子ども、子どもがいない場合の親などに認められる権利です。
たとえば「全財産を長男に相続させる」という遺言があったとしても、
配偶者や他の子どもには遺留分が残ります。
遺留分を侵害された相続人は、「遺留分侵害額請求」を行い、
不足分を金銭で請求することができます。
重要なポイントは、遺言書そのものが無効になるわけではないことです。
遺言は有効なまま、侵害された遺留分についてのみ、金銭で調整が行われます。
現在の制度では、不動産などを分け直すのではなく、
原則としてお金で解決する仕組みになっています。
遺留分侵害額請求には期限があります。
相続の開始と侵害を知ってから1年、または相続開始から10年を過ぎると請求できなくなるため、
請求する側も受ける側も注意が必要です。
遺留分のみならず、遺産相続をめぐる問題は、放置すればするほど関係がこじれ、
解決が難しくなることもあります。
だからこそ、「どう対応すればよいのか分からない」と感じた時点で、
一度専門家の意見を聞いてみることをおすすめします。