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退職金がもらえないなんてあんまりです!
2016.11.18
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退職金がもらえないなんてあんまりです!

こんにちは。弁護士の稲田です。
アメリカではトランプさんが大統領になり、巷では大騒ぎとなっておりますね。私なんかは「どうせヒラリーさんが大統領になるんでしょ」くらいにしか思っていませんでした。
しかし今のところトランプさんが大統領となったことと自分の仕事とを結びつけるようなネタは思いつかないので、空気を読まず普通に近年の判例を紹介します。

今回は、平成28年11月分の「判例タイムズ」という雑誌に収録されている最高裁判所の判決(平成28年2月19日判決、平成25年(受)第2595号)を紹介します。

事案のあらまし

Xさんら全12名は、元々、A信用組合に勤務していました。
ところが、A信用組合が経営破たんしそうになったことから、平成15年1月14日、A信用組合はY信用組合に吸収合併されることとなりました。
これに伴い、もともとA信用組合で勤務していたXさんら全12名もY信用組合の職員となりました。

ところで、普通どの会社でも会社の就業規則で退職金規程というものが置かれているのですが、A信用組合とY信用組合の就業規則にもやはりこの退職金規程がありました。
これは、退職金をどのように計算して決めるのか(例えば、「(”勤続している年数”+”評価点数”)×20万円」と計算する、など)を定めるルールです。


さて、A信用組合時代の退職金規程では、ざっくりというと次のように決められていました。

<古い退職金規程>
① 「“退職時の基本給”ד支給倍数“」として計算とする。
② 支給倍数の上限は設けない。
(※ちなみに、支給倍数は“勤続年数”ד退職事由ごとの係数”で算出すると定められていたようです。)
③ 厚生年金制度の加算年金等の支給を受けた場合は、その金額は退職金から差し引く。
(これを「内枠方式」というそうです。)


 ところが、Y信用組合の退職金規程では、次のように定められました。

<新しい退職金規程>
① 「“退職時の基本給”÷2ד支給倍数”」として計算する。
支給倍数の上限を55.5とする。
(※なお、支給倍数の計算方法はA信用組合と同じです。)
③ 厚生年金制度の加算年金等の支給を受けた場合は、その金額は退職金から差し引く。
(※A信用組合にあった内枠方式は維持されました。なお、これは元々のY信用組合の退職金規程にはなく、元々Y信用組合の職員だった者には適用されないみたいです。


要は、Y信用組合になると、A信用組合時代にXさんら12名にとって不利だった③のルールだけは維持され、①と②のルールはA信用組合時代よりも不利な内容となってしまいました。悪いところだけドッキングしたというイメージなんですかね。

Xさんら12名は、合併される前の平成14年12月、組合側から新しい退職金規程について説明され、それに基づいた退職金の計算方法についても説明を受けました。
そして、同月20日に、組合から「同意しないと合併できないから、この新しい退職金規程に同意する文書にサインして」と言われたため、言われるがままに同意書にサインしました。

さて、Xさんら12名は、平成20年から平成21年にかけて定年や早期退職優遇制度などによって退職しましたが、新しい退職金規程で計算した結果、全員の退職金が厚生年金基金や企業年金で受領する金額を下回ることとなったため、全員退職金は不支給となりました。

これはあんまりだということで、Xさんら12名はY信用組合に対し、古い退職金規程に基づいて計算した退職金額をちゃんと支払ってほしいと請求しました。

これについて、第1審の甲府地方裁判所と第2審の東京高等裁判所は、新しい退職金規程とすることにXさんら12名は同意しているのだから、Xさんらはこれに従わなければならない、としてXさんらの請求を認めませんでした。

これに対し、最高裁判所は、Xさんらによるちゃんとした同意があったかどうかは疑わしいとして、第1審の判決を破棄し、第2審の東京高等裁判所に事件を戻しました。

最高裁判所の判断内容の概略

① 就業規則上定められた内容であっても、労働条件を労働者に不利に変更するには労働者の同意が必要である
(労働契約法8条・9条)。
② ただし、賃金や退職金に関する労働条件を不利に変更する場合、労働者が同意するという書面を作成したからといって、
それで当然に変更が有効となるわけではない。
③ 具体的には、労働条件の変更によって労働者にどのような不利益が生じるのかを丁寧に説明したのか、どのような経緯で 労働者が変更に同意するという意思を表明したのか、という観点から、労働者の自由な意思に基づいて
(同意の意思表明が)されたものと認められる、と言える場合に初めて労働者の同意があったものと認める。
④ しかし、第2審は、Xさんら12名が、(内枠方式がなく厚生年金基金からの受給金額等を控除されない)元々のY信用
組合との職員とかなり大きな不均衡が生じてしまうこと、自己都合退職の場合には退職金支給額がセロになる可能性が
高いこと、といったことまで説明は受けていなかったのに、安易にXさんら12名の同意があったものと認定しており、
早計である。

解説

 事案が長くなってしまって申し訳ありません。
 今回は退職金に関する労働条件の変更について労働者の同意があったといえるのか、と言う点が争われた事例を取り上げました。

 普通、会社で働こうとするときは、

 どのような内容の仕事をするのか。
 毎月のお給料をいくらにするか。
 労働時間や休憩時間はどれくらいか。
 有給はどれくらい発生するのか。
 退職したときの退職金はどのように計算するのか。

 このような内容を確認して、自分の好みや要望に沿う(妥協できる範囲内である)と判断してからその会社に就職しようと考えますよね。
 
そのため、このような内容は「労働者がその使用者(会社など)に雇われてあげようと考える条件」すなわち労働条件となっているわけです。

契約の大原則は「約束は守らなければならぬ」なので、最初にこれらの条件を提示して雇い入れたのであれば、使用者が一方的にこれらの労働条件を反故にすることは許されません。

そのため、労働契約法8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定めて、一度定めた労働条件を変更するときは労働者の同意が必要とする原則を確認しています。

また、会社などでは労働者が多いため、一人一人の間でいちいち契約内容を定めていては追いつきません。そのため、「就業規則」という会社の内部ルールで労働契約の内容を全ての労働者について一括して定める方法が多く取られています。
今回の事例で出てきた退職金規程も、この就業規則の一部です。

この就業規則は、労働者の代表者の意見を確認しておけば、基本的に使用者側が勝手に変更することができます。(労働基準法90条1項。意見は聴くだけでよく、同意は不要なので、必ずしも労働者の意見を反映させる必要はありません。)

しかし、そうすると、最初に入社する際に「労働条件は就業規則に従います」なんていう合意が当然にまかり通ってしまったら、結局は使用者側が自由に就業規則を変更することで、好きなように労働条件をいじれるようになってしまいますね。

それではあんまりなので、労働契約法9条は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定めています。
 
 なお、細かい話ですが、
① 就業規則を変更すること  
と、
② 就業規則の変更に伴って労働条件が変更されること
は区別して考えます。
つまり、労働契約法9条は、就業規則を自由に変更すること(①)まで否定する趣旨ではなく、「就業規則を勝手に変更してもいいけど、ただ労働条件を不利に変える場合には労働者の合意がないと実際には労働条件を変える効力は生じないからね」(②を規律)ってことです(有利にする分には同意不要です。)。

 さて、そうすると、今回の事例ではXさんら12名は、退職金規程の変更について「同意書」なるものを提出しているので、形だけ見れば労働契約法9条のルールに従っていることとなります。

 しかし、使用者と労働者には圧倒的な力量差・情報格差があるので、労働者がYESの意思を形の上では示しても、それは使用者の目を気にしてとか、内容についてよく意味がわかっていないけどとりあえず、ということは往々にしてあり得ます。

 なので、特にお給料とか退職金といった労働者にとって極めて重要な労働条件に関しては、形だけのYESの意思表示では足りず、不利に変更することについて心の底から労働者が同意していたのかどうか、裁判所は極めて慎重に判断するようしているのです。

 今回の判決では、第2審も一応は労働者が心の底から同意していたかどうか、という点に気をつけて判断はしていたのですが、最高裁は、「それでも足りない、もっと慎重に判断しなさい、他の人たちとの間で生じる格差といったことまでXさん達は分かった上で同意していたんですか?」として第2審にやり直しを求めたわけです。
 
 ちなみに、これを最高裁語(※造語です)に直すと次のようになります。(判決内容の一部抜粋です。)

「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である。」
「本件基準変更に対する管理職上告人らの同意の有無につき,上記…(略)…のような事情に照らして,本件同意書への同人らの署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くすことなく,同人らが本件退職金一覧表の提示を受けていたことなどから直ちに,上記署名押印をもって同人らの同意があるものとした原審の判断には,審理不尽の結果,法令の適用を誤った違法がある。」

 漢字が多くて読むのが疲れます。

 ちなみにこのような労働契約に関する労働者保護の考え方は、消費者が締結する契約における消費者保護の考え方と通じるものがありますね。

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